サラリーマンの場合、従来は定年の60歳でリタイアする人が一般的でした。けれども人生100年時代を迎え、長くなったシニアライフを維持するには、60歳以降も何らかの形で働いたほうが、お金の面でも生きがいの面でもプラスになると考えられます。また技術革新などにより、働く環境そのものが大きく変わりゆくこれからは、若い頃から人生100年時代に対応できる働き方を考えることが求められそうです。では何歳まで働けばよいのか、そしてどんな働き方があるのか。将来を見据えた働き方のポイントと対策を東京大学大学院経済学研究科教授の柳川範之さんと、定年退職後に起業した経済コラムニストの大江英樹さんに聞きました。
60歳で定年になり100歳まで生きると仮定すると、老後は40年間もあります。この間を現役時代に貯めた老後資金と年金だけで暮らそうとするのは、直感だけでも難しそうだと想像できます。けれどもシリーズの第1回でも例を挙げてシミュレーションしたとおり、老後も一定年齢まで働けば100歳まで資金が不足せずに暮らせる見通しが立ちます。
では、何歳まで働けば100歳まで生活が維持できるのか。柳川さんは、75歳まで働くのが一つの目安だと言います。「かつて人生60年時代だった頃は50~55歳ぐらいまで働き、5~10年を老後として過ごすのが一般的でした。人生100年時代では、75歳まで約55年間働き、老後を25年間とすれば、何とかバランスが取れるのではないかとイメージしています」(柳川さん)。
ただし「定年後も働かなければ」とか「お金を稼がなければ」と思い詰めすぎると辛くなると柳川さんは話します。「働くという概念を変えることが必要です。現役時代の経験や知識を活かして、楽しみながら働いたり、社会貢献をしながら働いたりなど、生活や遊びが一体化したような働き方が理想です」。
現状の高齢者の仕事の需要は、清掃などの作業や肉体労働が多いのが実態です。「高齢になってもいきいきと働けるように、高齢者と仕事のマッチングを図るキャリアコンサルティング的なサービスや制度を整備するのが、社会の一つの課題です」(柳川さん)。
一方、働く高齢者側も意識を変えることが求められます。「現役時代の経験を生かすといっても、そのままではなく、定年後の働き先で役立つように知識などのブラッシュアップは必要です」。
定年後の働き方なんてまだまだ先の話――。現在の20~40代の人にとっては確かにそうかもしれません。けれども人生100年時代になるとともに、技術革新などにより働く環境が大きく変わる中、会社に全てお任せではどこかで立ち行かなくなる日が訪れるかもしれません。「長期的なキャリアプランを自分自身で構築する習慣を身に付けることが重要です」(柳川さん)。
長く働くには時代の変化にも対応していく必要があります。「グローバル競争や技術革新などにより、企業はこれまでと同じような人数を雇って、同じように働いてもらうという環境ではなくなりつつあります」。場合によってはAI(人工知能)に仕事が取って代わられるケースもあるでしょう。
しかしそれをネガティブに捉えたところで変化は止まりません。「むしろチャンスと捉えたほうがいい。新しい働き方も生まれています」。代表例がテレワーク。情報通信技術の発達がもたらした場所や時間にとらわれない働き方のことで、在宅勤務が選択できる企業も増えています。育児や介護などにより、通勤が難しい場合も仕事が続けられます。
「新しい働き方をフォローする法整備や制度改正も徐々に進んでいくでしょう」。一つが副業・兼業の推進です。政府の働き方改革により、2018年の春を目処にガイドラインができる見通しです。「こうした動きにより今後働き方は多様化が進み、働く場や必要とされる能力が変化していくでしょう」。
50代になると定年後がリアルに感じられるでしょう。経済コラムニストの大江さんは「サラリーマンとしての先行きが見えてくる55歳を目処に、定年後を真剣に考えましょう」と助言します。「まずは将来を見据えた人生観を持つこと。言い換えると定年退職する60歳以降の居場所を考えることです。悠々自適で趣味などに生きるのか、それとも働くのか、それを選択しましょう」(大江さん)。
大江さんは働くほうを薦めます。「というのは、定年後も働くことで"老後の3大不安"が解消されるからです」。大江さんが言う老後の3大不安とは、「お金、健康、孤独」の3つ。「働けばいくばくかの収入があるので、お金の不安はある程度解消されます。定年後は自分に合ったペースで仕事をすれば身体にも無理がなく、家に引きこもっているより健康にいい。人と接することで孤独感もなくなります」。
若い世代を含めると前述のとおり75歳まで働くのが一つの目安ですが、現在50代の人は70歳まで働くことを見込んでおけばいいと大江さんは話します。「年金支給開始となる65歳までは何らかの形で働こうと思っている人が多数だと思いますが、そこをもう一踏ん張りしましょう」(大江さん)。
というのは、70歳まで働いて公的年金(以下、年金)の支給開始年齢を65歳から70歳に繰り下げると、年金額が42%増しになるからです。老齢基礎年金を66歳以降に繰り下げて受給する場合の増額率は、次の表の通りです。
老齢基礎年金の繰下げ受給(昭和16年4月2日以後に生まれた方)
【繰下げ請求と増額率】
定年後に働くときに注意しなければならないのが在職老齢年金です。在職老齢年金とは、既に老齢厚生年金の支給開始年齢に達している人が、働いて厚生年金に加入しながら(保険料を支払いながら)受け取る年金のこと。老齢厚生年金の月額(加給年金額を除く)と月収等の合計額(以下、月収等とします)が一定額を超えると、年金額が調整されて減額または全額支給停止になります。
年金が減額されるのは、65歳以上では月収等が46万円を超える場合です*。「せっかく70歳まで年金支給開始を繰り下げても、この時に減額または全額支給停止された分は後でもらえるわけではありません。基準となる月収等の計算はやや複雑なので、いくらまでなら働いても影響が出ないか、居住地を管轄する年金事務所、あるいは日本年金機構の『ねんきんダイヤル』に問い合わせて確認すると安心でしょう」(大江さん)。
*2017年度の場合。60~64歳の場合は月収等が28万円を超えると年金が減額または
全額支給停止される。
日本年金機構「ねんきんダイヤル」
※当資料は2018年2月現在の社会保険制度にもとづき作成しております。詳細につきましては、所轄の年金事務所等にご確認ください。
働く場合は「再雇用」「転職」「起業」の3つが主な選択肢となります。それぞれにメリット、デメリットがあります。
「最も簡単なのは再雇用です。半面、難しいのも再雇用。再雇用になると契約社員などとなるため仕事の権限が変わり、特に現役中に管理職だった人は何をすればよいのか戸惑いがちに」(大江さん)。しかも現在の再雇用は原則65歳で終了。「65歳で完全にリタイアするつもりならよいのですが、70歳まで働くのであれば、あまり適切な選択肢ではないかもしれません」。
「転職をするなら40歳までとよく言われますが、実はうまく探せば60歳以上でもよい転職先が見つかります」(大江さん)。一つの狙い目は若い世代が立ち上げたベンチャー企業。「こうした新しい企業は経理や営業、コンプライアンス部門が手薄なことが多いのです。現役中にそれらの仕事を専門にしていた人は、人材として需要があると思います」(大江さん)。後述しますが、自分の経験や能力を生かせそうな転職先を見つけるには、人脈作りがポイントになります。
「転職での注意点は、会社により価値観が異なるということ。特に大企業から中小企業に転職した場合、『前の会社では云々』という発言をすると、よかれと思った助言でも誤解されがち。そのあたりは配慮が必要でしょう」(大江さん)。
「40代など現役時代の起業は、家族の生活を背負っていますので大きな覚悟が必要です。一方、定年後の起業は退職金や年金も含めて基本的な生活費の見通しがついているケースが多いので、あまり大きく稼ぐ必要はありません。ある意味気楽にできます」(大江さん)。会社を立ち上げなくても、フリーランスなどで働く手もあります。
「起業のメリットは自分の好きなことを仕事にできる点。サラリーマン時代とは違って嫌な仕事は断れるという選択肢があります。仕事が来ないと収入はゼロですが、起業からしばらく仕事が来なくても焦る必要はありません。とりあえず2~3年はやってみようという気軽さで始められます」。うまく軌道に乗れば、定年もないので元気でいる限り続けられる点もメリットです。
ただし起業には向き・不向きがあると大江さん。「私が考える起業に向く人というのは、『好奇心が強い』『雑事も含めて何でも自分でやりたい(効率を重視しない)』『他者との摩擦をいとわない』といった人です。そして最も大事なのはマメであること。こまめにいろんなところに顔を出したり、お礼状を欠かさないなど、クライアントへのフォローをすることが次の仕事につながるからです」。
よい転職先を見つけたり、起業で仕事を得るには人脈がポイントとなると大江さん。人脈作りというとビジネス交流会などで名刺交換をすることだったり、知り合いの数が多いことだったりと誤解する向きがあります。「しかし本当の人脈とは、自分が何が得意で何が不得意かを理解してくれている人たちのことです。本当の人脈が増えれば、自分に合った仕事を紹介してもらいやすくなります」(大江さん)。
人脈作りをするには、とにかく社外に出ること。「私はよく、50歳を過ぎたら会社以外の人と付き合おうと言っています。できるだけ仕事とは関係のない趣味の会などに顔を出すと、意外と後から仕事につながるものです。私の場合、フランス語やジャズのサックスを習いに行ったり、フェイスブックのオフ会にもよく参加しました」。興味の赴くままに動いてみることが大切なようです。
私は現役時代の最後の10年間の仕事だった、確定拠出年金をベースにした投資教育を仕事にしようと思っていました。でも、その方面での仕事はほとんどない。一方で、趣味で行動経済学の勉強をしていました。行動経済学の話をすると興味を持ってくれる人がいて、セミナーなどの仕事に結びつくようになりました。またシニア世代の働き方の本を執筆した影響で、それに関連した仕事も来るようになりました。
このように意外なことが仕事として発展していくのも起業の面白いところです。結局、自分がどう世の中の役に立つかはわからないものなのです。まずはやりたいことで一歩踏み出してみる。でもそれにこだわりすぎずに世の中から求められるままに動いてみると、本当に仕事になることが見えてくるのだと思います。
働く環境が大きく変化していく時代ゆえ、「これからは一つの会社で定年まで勤めあげるケースは少なくなる」と柳川さんは見ています。転職も当たり前になりそうです。仮に定年まで一つの会社に勤めたとしても、75歳まで働くとなると会社が最後まで面倒を見てくれるケースはほとんどないと考えられます。
そんな時代のキャリア形成で、まず身に付けたいのは、「自分でキャリアプランを考えるクセをつけること。どこの会社でどのぐらいの期間働き、いつ転職するのかなどといったことを、頭の中で組み立てます。75歳までとは言わなくても60~65歳ぐらいまでを見据えてプランニングしてみましょう」(柳川さん)。
ただし、あまり難しく考える必要はないと柳川さんは言います。「未来は予測できませんから、先のことになるほどプランはぼんやりしたものになると思います。それでも自分で考えることが大事。小説のような夢物語でも構わないので、頭の体操だと思ってまずは気楽にやってみてください」。
キャリアプランを考える際、プランを2~3パターン用意することを心掛けましょう。「日本人はこの道一筋という考え方を好みますが、大企業でも何が起こるかわからない時代です。AパターンがダメならBパターンに切り替えるといったように、キャリアプランも複線的に考える必要があります」(柳川さん)。
本業と副業の2つのプランを同時に走らせて、副業のほうが面白くなったら、そちらを本業に切り替えるなどといったプランも考えられます。
「もう一つ、キャリア形成に大事なことは『リカレント教育』です」(柳川さん)。リカレント教育とは、社会人が必要に応じて教育を受けることなどを指しますが、「"働く"と"学ぶ"を同時併行することが不可欠になるでしょう。学ぶ場は必ずしも大学などの学校でなくても構いません。ネットで必要な情報を収集することも一つの学びです」。
同じ仕事を続けて熟練していけばよい時代には、会社の仕事にまい進するだけで自然とスキルアップができました。「けれども今は、必要なことは自分で身に付ける時代に変わっています。また、どんなに優れたスキルを持っていてもそれがいつまでも通用する時代ではありません。一つの会社にとどまるとしても、その中で成長していくには常に学び、スキルのブラッシュアップをしたり、新しい能力を開発したりする必要があります」。
ましてや転職を考えるときには学びの必要性が高まります。「転職先の業種を調べたり、副業などを通じて可能な限り転職先の仕事の体験をしておくと、転職先になじみやすくなります」(柳川さん)。
自分のキャリアプランを描く過程で、いろんな働き方があることにも気が付くと思います。こちらの働き方がうまくいかなければ、あちらの働き方をしようというように選択肢も広がります。これは、ある意味いざというときの逃げ道の確保に。心にゆとりが生まれ、仕事で辛いことがあっても追いつめられずに済むかもしれません。今後長く働き続けるために、働き方において複数の選択肢を持つことはとても大事なことだと考えます。