特集 特集

今、知っておきたい「抗生物質」の正しい使い方

風邪やインフルエンザが猛威をふるう冬。病院で処方された薬や家庭の常備薬が、何に効いてどんな作用があるのか、よくわからないまま服用していませんか? 今、抗生物質の不適切な服用による「薬剤耐性菌(=薬に対して抵抗性を備えてしまった細菌)」も世界的な問題になっています。一人ひとりが薬と正しく付き合い、薬が効かない感染症のまん延を防ぎましょう。

教えてくれた人

堀 美智子(ほり・みちこ)さん
薬剤師。医薬情報研究所(株)エス・アイ・シー取締役/医薬情報部門責任者。一般社団法人 日本女性薬局経営者の会 会長。

名城大学薬学部および帝京大学薬学部医薬情報室に20年勤務の後、現職。1998から2002年まで日本薬剤師会常務理事を務める。ラジオや新聞でも活躍。『OTC 薬ガイドブック』(じほう)など著書多数。

その症状、ウイルス? それとも細菌の感染?

「最近、風邪気味で……」「風邪に気をつけて」――。この時期、あいさつ代わりのように使われる「風邪」ですが、実は風邪という病気はありません。正確には「風邪症候群」という、上気道(鼻やのど)の急性炎症で起こるせき、鼻水、くしゃみなどの諸症状の総称です。

その原因はほとんどがウイルスの感染。ウイルスを退治し風邪を治すのは、体にもともと備わっている"免疫"です。

免疫細胞の主体は白血球で色々な種類があり、それぞれが異物を排除する役割を担っています。従って、風邪薬は、あくまでつらい症状を軽くするためのもので、ウイルス自体を殺すことはできないのです。

一方で、風邪の症状に見えても、原因が"細菌"の感染による病気もあります。たとえば、近ごろ流行しているマイコプラズマ肺炎は、「マイコプラズマ」という細菌が肺で増殖し発症します。

症状が"ウイルス"によるものか"細菌"によるものかは、医療機関の検査を受けないと判定できません。しかし、大まかな目安として、発熱、のどの痛み、せき、鼻水といった代表的な風邪の諸症状が複数出ている場合は"ウイルス"。鼻だけ、せきだけといった特定の部位のみ強い症状が出ている場合は"細菌"による感染の疑いが高いと言えます。ウイルスは部位を問わず増殖するのに対し、細菌は特定の部位に集中して増殖する傾向があるためです。

薬局をもっと活用しよう!

風邪の症状にもいろいろあり、医療機関に行くべきか市販薬で様子をみようか迷うこともあるでしょう。そんなときにはぜひ、近くの薬局に相談してください。薬剤師は薬の専門家ですから、症状を聞いて適切なアドバイスができます。健康のことなら何でも相談にのってもらえる「かかりつけ薬局」を決めておくと、ちょっとした疑問や不安解消から、いざというときまで安心です。調剤(医療機関の処方箋をもとに薬を出す)と市販薬の両方の取り扱いがある薬局ならベターでしょう。国も、国民の健康維持や増進における薬局の役割を重視しており、2025年までに、地域住民への服薬アドバイスや健康相談、情報発信を担う「健康サポート薬局」を1万薬局に増やすという整備を掲げています。

ウイルス性の風邪では「抗生物質」は効かない

そもそも私たちの体には何百兆もの細菌がすんでいるといわれています。細菌といっても悪者とは限らず、体のためになる物質をつくり出す良い細菌もたくさんいます。私たちは無数の細菌と共生しながら、生命活動を営んでいるのです。

体にとって良くない細菌が外から侵入してきても、その人が健康で体力があれば免疫が働き、増えすぎないようにしたり活動を抑え込んだりするので、実害はありません。

しかし、体力が落ちて免疫力が弱くなると、細菌が異常に増殖したり活動が盛んになったりします。その結果、感染症を起こしてしまうのです。

その際、症状を抑える薬のほかに細菌を退治する薬が処方される場合があります。それが「抗生物質」です。名前の通り、体に悪さをする生物に抗うための薬で、細菌そのものから成分を取り出し発見されたものと、最初から化学的に合成されたものに大別されます。後者は「抗菌薬」とも呼ばれます。抗生物質は細菌に対する薬であり、ウイルスには効きません。つまり、風邪のほとんどを占めるウイルス性の風邪には、抗生物質は不要なのです。

かつては、風邪による体力低下をきっかけに細菌に感染すること(二次感染)を予防するため、抗生物質の処方が広く行われていました。今では、そのような二次感染の予防効果は、抗生物質にはないことがわかっています。それにもかかわらず「風邪には抗生物質」との思い込みが、日本の一般社会に根強く残っているのが問題となっています。

WHOも警鐘!「薬剤耐性菌」が世界的な問題に

抗生物質の不適切な服用は、その薬に対して抵抗性を持つ「薬剤耐性菌」を生み出す要因になります。細菌が生き残るために自らの遺伝子を変異させたり、別の細菌やウイルスから薬に抵抗性のある遺伝子をもらったりして、その薬が効かなくなる細菌に変化するのです。

代表的な耐性菌は下表の通り。健康な人は、これらの細菌が体内にあっても、感染症を起こす心配はありません。もっとも懸念されるのは院内感染で、体力の弱い入院患者の間で感染が広まると、治療の手立てがないために重篤化しやすく、命に関わる危険性があることから問題となっています。

おもな薬剤耐性菌

メチシリン耐性黄色
ブドウ球菌(MRSA)
黄色ブドウ球菌は、皮膚や鼻腔、咽喉、腸管に存在する常在菌。通常は無害。重篤な症状に表皮感染症、食中毒など
バンコマイシン
耐性腸球菌(VRE)
腸球菌は腸管内に存在する常在菌。重篤な症状に敗血症があるが通常は無害
多剤耐性緑膿菌
(MDRP)
緑膿菌は自然界に存在する菌。健康な人への感染はまれ。重篤な症状に敗血症、心内膜炎など
多剤耐性アシネト
バクター
アシネトバクターは自然界に存在する菌。重篤な症状に敗血症、髄膜炎など

薬剤耐性菌のまん延は今、世界レベルで対策が求められています。WHO(世界保健機関)で2015年に抗生物質の使用を減らすアクションプランが採択されました。それを受けて日本でも2016年に「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」を策定し、対策に乗り出しました。具体的には、2020年までに抗生物質の使用量を33%減、なかでも、多種類の細菌に効くものは半減を目標にしています。今後、医療機関では、抗生物質の要・不要を厳密に見極め、適切な処方を徹底していくことになるでしょう。

不必要な抗生物質は飲まない。処方されたら飲み切る

薬剤耐性菌のまん延を防ぐために、私たちができることは「ウイルスによる典型的な風邪には抗生物質は不要」という認識を持つこと。「風邪だから念のため抗生物質を」の考え方は効果がなく、副作用を引き起こすリスクと耐性菌を生むリスクを背負うことになりかねません。

医療機関で抗生物質を処方されるのは、細菌による感染の疑いがある場合。「何の感染症の疑いがあるのか、どんな細菌に対する抗生物質なのか」を医師に確認することをおすすめします。

「風邪気味だから、家に残っていた抗生物質を念のため飲んでおこう」はもってのほかです。効かないばかりか体にすんでいる良い細菌にダメージを及ぼし、体調を崩すことにもなりかねません。抗生物質に限らず、不要な薬を飲むことはやめましょう。

そして、処方された抗生物質は用法・用量を守って必ず飲み切ること。途中で飲むのをやめると、細菌を退治しきれず、残った細菌から耐性菌が生まれる可能性があるからです。今ある抗生物質の薬効を失わせることなく、後世の人間が永く使えるものにするには、一人ひとりの正しい理解と心がけが大切です。

<取材・文>渡邉真由美