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AIで医療の未来はどう変わる?

最近、何かと話題になる人工知能(AI)。その実力は囲碁でプロ棋士を打ち負かすだけでなく、自動運転やロボット、金融などさまざまな分野で活用が進んでいます。医療分野も例外ではなく、病気の診断補助などの研究開発が加速。AIとはどんな技術で、何ができるようになるのか、医療はどのように変わるのか。AIのある未来の医療を、現役の医師が解説します。

教えてくれた人

沖山 翔(おきやま・しょう)先生
日本赤十字社医療センター(救命救急)

東京大学医学部卒業。救命救急医、船医、ドクターヘリ添乗医、災害派遣医療チーム(DMAT)隊員として勤務。2015年より医療ITベンチャーの株式会社メドレーで、オンライン病気事典「MEDLEY」の立ち上げや、AI技術を用いた「症状チェッカー」の開発に携わる。現在はフリーランスの医師として全国10カ所を超える病院で勤務する傍ら、個人で医療倫理、AIの研究活動を行う。一般社団法人 人工知能学会、一般社団法人 情報処理学会所属。

おさえておきたい「人工知能(AI)」の基本

人工知能(Artificial Intelligence:AI)とは、何かしらの「知性」や「知的なふるまい」を感じさせるようなコンピューター技術のことです。

ひとくちにAIといっても、さまざまなレベルがあり、大きく分類すると「強いAI」と「弱いAI」にわけられます。

「強いAI」とは、あらゆる場面で人間のように知的にふるまえるものを指します。イメージとしては、「ドラえもん」やスター・ウォーズの「C-3PO」などですが、まだ研究段階にすぎず、今主流のAI技術の延長線上にはありません。

一方、「弱いAI」は、特定の場面で人間の行動の一部を代替するものが代表的です。例えば、囲碁に特化した「アルファ碁」やAppleの「Siri」に代表される音声対話システム、自動運転車、お掃除ロボットなどがこれにあたります。

図1 「強いAI」と「弱いAI」

AIの特徴(共通点)

知性を感じる、知的なふるまいをする

強いAI
  • 人間の脳と同じような機能をもつ
  • 自意識、想像力、目標設定能力などを持つ
  • 汎用型

活用例まだない

医療の活用例まだない

弱いAI
  • 人間の脳が持つ機能のうち特定のことだけできる
  • 認識、探索、予測などの機能に限られる
  • 特化型

活用例アルファ碁、自動運転車、
Siriなど

医療の活用例画像診断、創薬など

AIは、1950〜60年代に第一次ブーム、1980年代〜90年代半ばに第二次ブームがあり、現在は第三次AIブームといわれています。以前のブームと比べて、できることが劇的に増えただけでなく、AIを取り入れたサービスも次々と出てきて、一般の人に広く知られるようになりました。

AIがここまで進化を果たした背景には、「ディープラーニング(深層学習)」という技術があります。従来のAIは、プログラマーが一から十まで設計して指示を出し、コンピューターが機械的に処理しているにすぎませんでした。これに対しディープラーニングでは、人間の脳神経回路を模したニューラルネットワークという情報処理の手法を使って、コンピューター自らがルールを見つけて学習できるようにしたのです。手法的には以前からあったものですが、コンピューターの処理速度が大きく向上したことがブレイクスルーの一つのきっかけになりました。

覚えておきたいAIキーワード
「ディープラーニング」

ディープラーニングの適用範囲には、音声や言語、画像などがありますが、ここでは画像認識を例に解説します。

例えば人間は猫を見ると、当たり前のように「猫だ」と認識できます。これは、猫やほかの動物をたくさん見たうえで、何かしら猫らしい特徴を見つけ出して猫だと判断しているからです。

図2 画像認識におけるディープラーニングの仕組み

ディープラーニングは、このように人間と同じ思考で学習する技術です。具体的には、コンピューターに大量の画像を読み込ませて、猫なら「耳が三角形」「目が丸い」というような「ネコらしさ」を自身で見つけ出させ、画像を判別できるようにします。

医療分野では、ディープラーニングの技術を用いて、CTやMRIなどの画像データから病気を判定することも可能になってきています。

ここまで進んでいる!医療×AIの活用事例

さまざまな分野で活用されているAIですが、医療は期待の高い分野の一つです。診療現場での活用を目指している、進行中の研究をいくつか紹介しましょう。

医療分野におけるAIの活用例

主な医療機関/
研究機関/企業
内容
東京大学
医科学研究所
米IBM「ワトソン」にがん患者の遺伝子データを入力すると、がんの発症に関連する遺伝子変異を速やかに選び出し、その変異を標的とする治療薬があれば提示する。
自治医科大学 診療支援システム「ホワイト・ジャック」を開発中。論文情報や臨床データなどを蓄積したAIと、人間の医師が対話しながら病名候補を探し出す。病名ごとに推奨する検査や薬剤、見逃してはならない致命的な疾患を表示。
Enlitic社
(米国)
ディープラーニングを用いたAI「Enlitic」は、画像検査の結果から、がんの早期発見や、診断スピードの向上、診断精度の改善などを可能にする。
がん研究会
FRONTEO
ヘルスケア
特定分野のエキスパートの知見を学んだAI「KIBIT」が、患者に応じた精度の高い治療法を提案して医師の診断を支援する。インフォームドコンセント(十分な説明と同意)支援も行う。FRONTEOヘルスケアとの共同研究。

遺伝子解析

東京大学医科学研究所は、米IBMの「Watson(ワトソン)」を活用してがんの遺伝子解析を行っています。

治療に難航していた急性骨髄性白血病の患者の遺伝子情報をワトソンで解析したところ、急性骨髄性白血病とは別の特殊なタイプの白血病の可能性を指摘。これを参考に医師は治療方針を変更し、患者は快方に向かうことができました。

ワトソンが特に優れているのは、患者の情報を入力すると、学習した膨大な医学論文の中から、その症例に関係する文献をすぐに探し当てることができる点です。医学論文は1日で数千件もの新しい論文が発表されるので、1人の医師がそれらを把握するのには限界があります。ワトソンはこれらの論文を自分なりに解釈し、関連付けてデータベースに保管。適切な論文を示すことによって、医師の負担は軽減され、治療方針の決定を補助するツールとしても活用できます。患者側も、適切な治療を早く始められるというメリットを享受できるでしょう。

総合診療支援

AIによる総合診療支援を目指しているのが、自治医科大学が開発している「ホワイト・ジャック」です。医師の診療を効率化すると同時に、重大な病気の見逃しを防ぐための機能が搭載されています。これにより医師の見落としや診断の偏りなどが回避しやすくなります。

画像診断

医療におけるAIの中でも研究開発が進んでいるのが画像診断の分野。初期からこの領域に取り組んで成果を出している研究のひとつが米Enlitic社です。ディープラーニングを用いてレントゲン、CTなどの画像から、がんを検出します。肺がん検出率は、人間の放射線診断医を5割ほど上回るといいます。

医薬品開発

AIは新たな医薬品開発での活用も進んでいます。医学論文を学習したAIが、抗がん剤などの「新薬のタネ」となる新規物質を見つけて画期的な新薬の開発を後押しします。これで開発のサイクルが効率化すれば、新薬を少しでも早く患者に届けられるようになるでしょう。

上記で挙げた医療AIは、人間の部分的な機能を真似て効率化したものですが、将来は人間と異なるアプローチをするAIの登場もありうると考えています。

例えば、「耳たぶにシワがある人はない人に比べて心臓病で死亡するリスクが高い」という報告が、シカゴ大学医学部の助教ウィリアム・J・エリオット博士によって発表されました。一見、「耳たぶ」と「心臓病」に関連性があるようには思えません。これを見抜いた医師の観察力は素晴らしいものですが、どの医師もがこのような相関関係に気がつけるわけではありません。一方で、人間のように先入観や思い込みがないAIは、データさえあれば、こうした関係性を容易に発見します。今後、AIが学習する情報の量と質が担保されて精度が高まれば、将来のAIには、このように人間が思いもよらないような診断も期待できるのではないでしょうか。

AIは医師の仕事をなしえるか?

AI時代の医療では、データや画像分析はAIが下処理をして、確認や診断は医師が下すなど役割分担が進むと考えられます。

病名を見抜き、その症状に合った薬を出すだけが医療であれば、それはいつの日かAIで代替されてしまうかもしれません。しかし、患者が医療に求めているものは、病気を治すことのみならず、「症状を和らげてほしい」「漠然とした不安を解消したい」「とにかく話を聞いてほしい」など三者三様で、どれも医療の大切な側面です。

問診から患者と深くコミュニケーションを図り、患者が真に必要としていること、そしてそれに対して医療ができることを一緒に探し出す。これは、現在のAIでは対応するのはまだ難しい。少なくとも、人間と同じような知性を持った強いAIが登場するまでは代替できるものではありません。

医療の価値には、病気を治すだけでなく、患者が病気と向き合うための手助けをしたり、病気や治療の納得度を高めることも含まれるのです。診療支援AIで医療業務の補助が可能になれば、医師はこれまで以上に、直に患者に向き合うための時間を持てるようになります。

正確に症状を伝えて医療AIの恩恵を受けよう

あと5年や10年もすると、患者側からみても医療の現場でAIを意識できるような場面が出てくる可能性が高いと考えています。来るべきAIの時代にその恩恵を最大限に受けるには、患者側からも「正確な情報を伝える」技術が大切です。これは人間の医師に対しても言えることですが、AIが相手だとなおさらです。

「最近調子が悪いんです」といった表現は、今のAIには理解することができません。「3日前」から「頭」が「締めつけられるように痛い」というように、数字を交えて客観的、定量的に伝えます。表現しづらかったら「3カ月か半年前くらいから」と、幅がある表現でも構いません。できるだけ多くの情報を、主観を含めずに伝えることが正確な診断につながります。

これからいくつかのブレイクスルーを経た将来、セルフメディケーションの分野でもAIの活用が考えられます。情報リテラシーの重要性が強調される昨今ですが、患者としてAIを活用するのにも同じく「スキル」があります。これは生身の医師相手でも今から役立つことですので、ぜひ意識してみてはいかがでしょう。

<取材・文>依田憲枝