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子ども脳も大人脳も「好奇心」で成長する 脳に効く習い事

「才能を伸ばしたい」と、子どもに習い事をさせる親は多いもの。習い事を通して、何かに夢中になった子どもは、好奇心旺盛な人に育つといわれています。好奇心は脳を活性化させ、何歳になっても脳を成長させることがわかっています。脳と知的好奇心との関係を脳医学の視点からひもとき、子どもの脳を育てる習い事、大人の脳を活性化する習い事・趣味を紹介します。

教えてくれた人

瀧 靖之(たき・やすゆき)先生

東北大学加齢医学研究所教授
東北大学スマート・エイジング学際重点研究センター副センター長

1970年生まれ。東北大学大学院医学系研究科博士課程修了。東北大学加齢医学研究所および東北メディカル・メガバンク機構で脳のMRI画像を用いたデータベースを作成し、脳の発達や加齢のメカニズムを明らかにする研究者として活躍。読影や解析をした脳のMRIは、これまでにのべ約16万人に上る。著書に『「賢い子」に育てる究極のコツ』(文響社)、『「好きなこと」で、脳はよみがえる』(大和書房)、『生涯健康脳』(ソレイユ出版)など多数。

Part1 子どもの脳と習い事

習い事には始める適期がある

「習い事を始めるのは早いほどいい」「あれもこれも習わせたい」と、つい熱心になってしまうのも親心ゆえ。しかし、脳科学の視点で見ると「できるだけ早く」「できるだけ多く」と意気込む必要はないといいます。

なぜなら脳の機能は、領域ごとに発達のピークが異なるからです。

例えば、音楽や運動の能力の発達は3〜5歳、語学の能力は8〜10歳がピークといわれています。この脳の発達に沿って、最も適した習い事を始めれば、より効率よく能力を伸ばすことができます。

脳は「後ろから前」に向かって発達する

脳の発達は、後ろから前に向かって起こります。生後すぐに発達するのが「後頭葉」で、ここはものを見る機能を司ります。同時期に音を聞く能力に関わる「側頭葉」も発達し始め、言葉を理解し始めます。

次に発達するのが「頭頂葉」。手触りなどの感覚と、運動機能を司る領域です。最後に発達するのが「前頭葉」です。思考や判断、コミュニケーションなど「高次認知機能」に関わる領域です。

能力によって「伸びやすい時期」は違う

  • スキンシップ

    生後すぐに発達するのは、視覚や聴覚、嗅覚、触覚といった五感の領域。この時期は親子の触れ合いが大切になります。赤ちゃんをぎゅっと抱きしめるなど、触れ合いを通じて愛着形成がされると、精神的に安定した子どもに育ちます。

  • 読み聞かせ

    この時期には絵本などの「読み聞かせ」で日本語をどんどん聞かせましょう。生後6カ月くらいから、話せなくても言葉の理解ができるようになります。日本語の文法も無意識に覚えていきます。子どもは親の声を聞くと安心するので、寝る前の読み聞かせは特におすすめです。

  • 習い事を始めるのは、3歳からがおすすめ

    楽器、運動

    運動脳の最も発達する時期。スポーツはもちろん、この時期に楽器を始めると器用さが身に付き、音感も養われます。細かい音の聞き取りと言語の聞き取りは、脳の同じ領域(言語野)で行われるので、この時期にピアノやバイオリンなどの楽器を習った子どもは、その後、英語のリスニングが得意になるという傾向もあります。

  • 語学

    語学の能力が総合的に伸びます。外国語も効率よく習得できる時期なので、英会話を始めるならこの時期がおすすめです。乳幼児期の英語教育に対する関心も高まっていますが、日本語の土台がつくられてから英語を習うほうが効率よく、深い読解力も身に付くといわれています。

  • コミュニケーション能力

    小学校高学年から中学生にかけて、コミュニケーションを司る領域が発達。スポーツならチームプレー、音楽なら吹奏楽団など、同世代だけではなく、大人や年下も含めて仲間と活動する機会を増やしましょう。企業の採用ではコミュニケーション力や協調性を重視するというデータがあり、将来の就職にもメリットがあります。

脳の発達って?

生後すぐの赤ちゃんの脳内では、脳細胞同士がどんどんネットワークをつくり、情報伝達を行っています。道路に例えると、下のような仕組みで形成されます。

  • とにかくたくさん道路をつくる(どんな環境でも生きていけるように)
  • 実際に使ってみる
  • その結果、よく使う道路は高速道路のように太くし、あまり使わない道路は壊す
    (維持するのにエネルギーが必要なので、取捨選択して効率よく使う)

小さな子が何にでも興味を示すのは、脳内で盛んに道路がつくられているから。成長とともに、興味を持ったことに関する道は太くなり、興味がないものに関する道は減っていきます。ですから、どんどん道路がつくられている5歳くらいまでに、いろいろなことに触れさせることが大切です。

適した時期を逃しても慌てない!

前述した能力が伸びやすい時期を過ぎてしまったという親御さんもいらっしゃると思いますが、ご心配なく!英語でも音楽でも、ベストな時期を逃しても必ず習得することは可能です。

なぜなら脳には「可塑性(かそせい)」があり、何歳になっても変化する力を持っているからです。つまり、習い事は何歳から始めてもいいのです。ただし、可塑性は加齢とともに低下していくため、伸びやすい時期と比較すると、あるレベルに達するためにより多くの努力が必要になります。

もし1〜2歳の子どもがいるのであれば、脳の発達に沿った習い事を試すチャンス。適期にスタートすれば、「より」効率よく伸びる可能性大です。

三日坊主でもOK! 経験が財産になる

習い事を始めたのにすぐにやめてしまった、という話はよく聞くもの。親自身にも「身に付かなかった習い事」の記憶があるのではないでしょうか。

実は、脳科学から見ると、それでもいいのです。たとえ1年でピアノのレッスンをやめても、ピアノに触った経験は残ります。「0」と「1」の差は大きいもの。成長する過程で、楽譜が読めること、音感がいいこと、曲を知っていることなどが役に立つ場面もあるでしょう。さらに大人になって、「またピアノを弾きたい」「絵を描きたい」「バレエをやりたい」などと思ったとき、過去の経験が背中を押してくれます。

子どもをよく観察して、興味を示したものは体験させてあげましょう。「これをしなさい」と強要したり、イヤイヤ続けさせたりするのは逆効果です。

好奇心を育てる最強アイテムは「図鑑」

「高校、大学で伸びた子どもは、幼い頃から図鑑を見ていた」と瀧先生は分析しています。特に3〜4歳くらいまでに図鑑に触れると効果大。植物や動物、乗り物、星空、恐竜など子どもが興味を示すものをどんどん見せてください。

視覚や言語などの発達時期とも重なり、「これは何だろう」「何が書いてあるのかな」と好奇心が膨らみます。脳の発達にとって、知的好奇心こそが最高の栄養だといいます。

大切なのは、親も一緒に図鑑を楽しむこと。子どもの「これは何?」などの質問に答えることも大切です。さらに、野山や博物館に出かけ「実物」にも触れさせましょう。図鑑+リアル体験によって、子どもの脳は幅広く刺激されます。図鑑で知ることは、学校の授業の先取りにもなります。

何かに熱中する子どもは伸びる

何かに夢中になると、子どもは「もっと知りたい」と考えるようになります。

例えば、図鑑を見て恐竜に興味を持ったら、ジュラ紀・白亜紀などの時代変遷、地層や地理、さらにほ乳類、鳥類、植物……と、次々に興味を広げていきます。そして、「これを調べたい」「実物を見たい」と好奇心も旺盛になり、本で調べたり、博物館に行ったりと、行動範囲を広げていきます。

音楽やスポーツでも同じこと。将来への夢も膨らみ、コンサートやスポーツ観戦に出かけるように。熱中体験を通じて、子どもは努力の仕方や習得のコツを自然に学びます。これこそが勉強です。親が口うるさく言わなくても、学校の勉強・受験勉強はもちろん、将来の仕事にも役立つスキルを身に付けていきます。

子どもの習い事は、大人の脳にもいい!

習い事を始めても、「練習しなさい」と尻を叩くだけでは、子どもの好奇心はそこで止まってしまいます。重要なのは、親も一緒に楽しんで、その姿を子どもに見せることです。一緒に楽器や英語のレッスンを受ける、ハイキングに出かける、など何でもOKです。

親子一緒の習い事や趣味は、親の脳にも大きなメリットがあります。好奇心がかきたてられると、脳の老化スピードが抑えられると同時に、脳は成長し続けることができるのです。

Part2 大人の脳と習い事

脳の活性化には好奇心が効く!

加齢とともに、脳内では少しずつ神経細胞が脱落していき、脳の体積が萎縮していきます。それに伴い、「名前が出てこない」「判断ミスが増えた」など、認知機能も低下していきます。

これは自然な老化で、病気によって引き起こされる認知症とは違うものです。健康な人でも、加齢による脳の萎縮は避けることはできず、20代後半から認知機能は落ち始めているといわれます。高齢になると、脳は子どもの脳の発達とは逆のルートで萎縮し始めます。一番早く萎縮が始まるのが「前頭前野」。思考や判断、コミュニケーションといった高次認知機能に支障が出てきます。趣味や習い事には、こうしたことを抑える効果があります。「リタイアしてから」などと悠長に構えず、今すぐに始めてみましょう。

また、仕事一辺倒の生活は脳の海馬(記憶を司る領域)や扁桃体(感情を司る領域)に悪影響を与え、記憶力や気力を低下させます。だからこそ、好きなことをして「楽しい」と感じる時間は大切。楽しい気持ちで脳はリラックスします。仕事や人間関係からくるストレスを解消するためにも、趣味や習い事はおすすめです。

認知症予防にも脳を活性化させる3つの要素

知的好奇心

趣味や習い事に夢中になると、好奇心がかきたてられます。「楽しい」と感じると、脳は神経伝達物質のドーパミンを分泌。
ドーパミンには記憶力を高めたり、やる気を出させたりする働きがあり、高次認知機能が活性化されることがわかっています。

運動

1日30分ほどの軽い有酸素運動をすると、海馬の萎縮が食い止められ、認知機能が向上することがわかっています。
ウォーキングや水泳、ダンスなどの運動系の習い事は脳の健康維持に効果的です。山登りやハイキング、歴史スポットを巡る旅などの趣味もおすすめです。

コミュニケーション

一人で没頭する趣味や習い事も楽しいですが、仲間と交流すれば、もっと世界が広がります。スポーツ、ツーリング、バンド演奏、ガーデニング、カメラ、鉄道……と、趣味仲間によるイベントやオフ会は盛んに行われています。趣味を介して知り合った相手とは、職業や肩書、学歴、年齢性別などを問わず、フランクな付き合いができ、知らず知らずに会話も盛り上がります。コミュニケーションは脳をフル回転させる行為です。言葉や表情から相手を理解したり、お互いに共感したりすることで、高次認知機能も高まります。

自分に合った趣味・習い事の見つけ方

すでに趣味がある人は、そのまま続けましょう。「自分には趣味がない」「何を習えばいいかわからない」という人は、次のようなことがきっかけになります。

憧れていたことをやる

「ギターを弾きたかった」「絵を描きたかった」など、子どもの頃に憧れていたことを始めましょう。懐かしい風景やモノもきっかけとなります。「そういえば、おじいちゃんと一緒に畑仕事をしたな、懐かしいな」と思ったら、家庭菜園を始めてみるのもいいでしょう。

昔の習い事に再チャレンジ

「モノにならなかった英会話」「1週間で飽きたお習字」……。誰にでも挫折した経験はあるのでは。長いブランクがあっても、一度でも触れたことがあれば、意外と体が覚えているものです。まったく新しい趣味・習い事に挑戦するより、ハードルは低いといえます。

友だちや家族をまねる

例えば「写真を撮りたい」と思っても、カメラの機種や操作がわからない。そういう場合は、カメラを趣味にしている人を見つけて教えてもらいましょう。山登りが趣味の友だちに連れていってもらう、家庭菜園が趣味の家族を手伝うなど、とりあえず"人まね"から入るという手もあります。

旅行

やりたいことが見つからない人には、旅行がおすすめ。誰かと一緒でも一人でもOK。わざわざ遠くに行かなくても、沿線一人旅でも発見はたくさんあります。旅行は準備から実際の旅先、帰宅後まで、やることが盛りだくさん。好奇心が刺激され、体を動かし、人との交流も生まれるなど、脳にいいことずくめです。

料理

食べることや飲むことが好きな人は、料理に挑戦してはいかがでしょう。メニューを考えて材料を選ぶ、手先を使う、食卓を囲む……と、料理は脳の活性化にもってこい。料理は同時に複数の作業を行う必要があるので、さまざまな脳の機能が鍛えられます。

続けるコツは楽しむこと

脳は楽しんでいるときに最も活性化されます。「脳にいいから」と修業のように取り組んだり、苦手なことをイヤイヤやったりすると、かえって脳にストレスを与えてしまいます。例えばランニングなら、雨の日は休んでもいいし、気分がのらなければ別の日にするなど、無理せず行いましょう。

子どもと同じで、「やっぱり合わなかった」と三日坊主で終わってもかまいません。一歩踏み出したことはまぎれもない事実で、「やってみた」という経験は残ります。それに趣味・習い事は世の中に無限にあります。一つがダメならほかのものを試してみるうちに、必ず「これだ」というものが見つかるはずです。

<取材・文>奈良 貴子