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睡眠
2020.08
寝つけずについ夜遅くまで、パソコンやスマホ、テレビに興じ、朝スッキリ起きられない……そんなリズムの乱れが心身に「時差ぼけ」状態をつくることをご存じですか?それを「ソーシャル・ジェットラグ(社会的時差ぼけ)」と言います。疲労感の蓄積だけでなく、肥満やうつ、がんのリスク上昇にも関連すると考えられています。その原因と対策を、リモートワーク環境の中でも注意したい点などとともに専門家に伺いました。
久留米大学 学長/久留米大学医学部神経精神医学講座 教授
内村 直尚(うちむら なおひさ) 先生
久留米大学大学院医学研究科生理系専攻博士課程修了後、米国オレゴン州Oregon Health Science University留学、久留米大学医学部神経精神医学講座、久留米大学高次脳疾患研究所 所長等を経て2020年1月より現職。日本睡眠学会理事をはじめ多数の学外役職を兼務。著書に「睡眠障害の対応と治療ガイドライン第3版」(じほう)等。睡眠や体内リズム研究の専門家による情報サイト「目覚め方改革プロジェクト」の総監修も行っている。
人間の体には体内時計が備わっており、約24時間周期で睡眠と覚醒のリズムや、体温や血圧などの自律神経系、ホルモン分泌等の生理活動が変動しています。しかし不規則な生活をしているとこれらが乱れ、心身に不調をきたすもとに。そのもっとも大きな要因の一つと考えられるのが「朝、決まった時間に起きられない」ことです。
例えば平日、残業続きで寝不足気味の人が、休日くらいは…と、土日の朝に2時間以上多く睡眠をとるとします。「たくさん寝たから疲れもとれているはず」と思われがちですが実は逆。体内時計がずれ、寝すぎた分「時差ぼけ」が生じるため、日中、活動モードにならず疲れやすくなってしまうのです。
このように、体内時計が社会的な時間と合わない状態を「ソーシャル・ジェットラグ(社会的時差ぼけ)」といいます。たった週2日のことですが、通常と起きる時間が変わってきてしまうと、なんと日中の疲れやすさが翌週後半まで続くというデータもあります。
翌週の前半まで
眠気が強くなる
翌週の前半まで
疲労感が強くなる
睡眠に問題がない男女16人(平均25.7歳)が、金曜日の夜と土曜日の夜に寝ていられるだけ寝て「休日朝寝坊」の状態にした場合といつも通り寝た場合とで、翌週の眠気度と疲労度を比較した。結果、どちらの指標も「休日朝寝坊」した場合の方が強く、特に月曜日と火曜日の数値が高い上、水〜木曜日まで影響してしまうことがわかった。
(Sleep and Biological Rhythms 2008;6:172–9.)
(出典)情報サイト「目覚め方改革プロジェクト」より引用
ソーシャル・ジェットラグを起こしやすい人はズバリ「夜型」。夜が深まるほど調子が良い、元気になる、という人は要注意です。
夜型で遅寝遅起きの生活は、次のようなリスクも指摘されています。
空腹中枢を刺激するホルモンが夜遅い時間に分泌されるため過食による肥満やメタボになりやすい
朝寝坊し日光を十分浴びることができないため、うつ病リスクが高い
( )
ホルモン分泌が乱れ、乳がんや前立腺がんなどのホルモンが関与するがんのリスクが高い
日光を浴びると、脳内で心の安定に働く「セロトニン」という神経伝達物質が分泌されます。セロトニンが不足すると、イライラ感や意欲低下、うつ症状などを招くことがわかっています。またセロトニンは「睡眠ホルモン」とも呼ばれるメラトニンの材料になることも知られています。朝、光を浴びるとおよそ16時間後にメラトニンの産生が促されるため、夜、眠りにつきやすくなる、というわけです。
このように、良い睡眠がとれているかどうかは、就寝-起床のリズム(規則正しさ)も関わってきます。一般に、6~7時間程度の睡眠時間がとれているとよいなどといわれますが、時間の長さだけでは判断できないということです。
ソーシャル・ジェットラグも含め、睡眠の悩みを持っている人や、日中の疲労感が気になっている人は、睡眠の量、質、リズムを振り返ってみることが対策の第一歩といえます。
睡眠習慣 3つの要素
要素 | 説明 | チェックポイント (こんな場合は注意) |
---|---|---|
リズム (位相) |
日頃の睡眠習慣のリズム(規則正しさ)や、朝型・夜型の度合いをみるものです。不規則な睡眠や夜型の生活は様々なホルモンのバランスを崩し、血圧や血糖値に悪影響を与えます。また、睡眠のリズムが乱れることで、食事のリズムも乱れやすくなります。 |
就寝時刻にばらつきがあり、休前日に夜更かしする 起床時刻にばらつきがあり、休日に寝だめする どちらかといえば夜型 |
質 | 寝つきの良さや途中で目覚めたりしないかなど、良質な睡眠がとれているかをみるものです。寝室環境に問題がある場合や、うつ病や睡眠時無呼吸症候群などの病気のサインとして現れることもあります。質の悪い睡眠が続くと、心の健康の不調につながります。 |
深く眠れた感じがしない 夜中に2回以上目が覚める 眠れないことに不安を感じる など |
量 | 自分に合った十分な量の睡眠が確保できているかをみるものです。睡眠が足りていないと日中に強い眠気が生じ、仕事や勉強の作業効率の低下、事故の発生につながります。また、睡眠が足りているときに比べて熱中症や風邪にもかかりやすくなります。 |
昼間に居眠りやうたた寝をする 平日の睡眠時間は6時間未満である 昼時だけでなく、午前中や夕方に眠気を感じる など |
(出典)情報サイト「目覚め方改革プロジェクト」内の「睡眠習慣を把握する3DSS(3次元型睡眠尺度)チェックシート」より
リモートワーク等で家にいる時間が長くても、規則正しい生活パターンになっていれば問題ないのですが、つい起床や就寝時刻がルーズになるとソーシャル・ジェットラグに。
体内時計をリセットする刺激を「同調因子」といい、次の5点が知られています。睡眠リズムが乱れて昼間に調子が出ないときなどに、心掛けてみましょう。
これが5箇条の中でもっとも重要です。朝、決まった時間に起きて光を浴びると体内時計がリセットされ、時差ぼけ状態になるのを防ぎます。なお、平日の寝不足を取り返すには、「休日に朝寝坊」ではなく、「前の夜早めに寝る」が正解。逆に、寝不足でなければ、いつもより早い時間に床についても寝付けないものです。
体内時計には脳の「主時計」と、内臓や筋肉などにある「末梢時計」の2種類があります。主時計は朝の光を浴びることでリセットされますが、消化器にある末梢時計の調整は食事がカギに。消化器に物理的な刺激が与えられることでリズムが整うと考えられています。中でも朝食が重要。一日のスタートにエネルギー源を確保し、午前中から頭や体の働きを良くすることにもつながります。時間がない人は牛乳やジュース一杯でも、まったく口にしないよりは効果的です。
日中に体を動かし体温が上昇すると、自律神経のうち興奮をつかさどる交感神経が刺激されます。すると夜にはその反動で、リラックスをつかさどる副交感神経が優位に立ちやすくなるので、寝つきがよくなります。新型コロナウイルス対策による外出自粛の影響で、運動不足気味の人が増えています。意識して筋トレの時間を設けたり、密集や密接を避けてウォーキングしたりなど、適度な運動を心掛けましょう。
体内時計のリセットには「社会的同調因子」といって、職場や学校等での社会生活や、人と接することも作用すると考えられています。誰とも話さず家に閉じこもっている状態が続くと、睡眠のリズムが乱れやすくなるだけでなく、気分が沈む、やる気が出ないなどの心の不調を引き起こしやすくなります。直接会わなくても、オンラインで話をするのでも効果的です。「顔を見て会話をする」のがポイントです。
就寝前に、蛍光灯やパソコン、スマートフォンなどから強い光を浴びると、前述の「睡眠ホルモン」メラトニンの分泌が抑制されてしまい、交感神経が優位になり脳が覚醒してしまいます。寝る準備を始めたら画面を見たり、深夜にコンビニなどに行ったりするのは避けましょう。
これらのほかに、体温の下がり幅が大きいほど寝つきやすいことから、就寝1時間程度前にぬるめのお湯で入浴し少し体温を上げておくこともおすすめです。就寝時に自分の好きな、リラックスできる香りをかぐことも、休息をつかさどる副交感神経を優位にする助けとなります。